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ぴかぴかする夜

Update Time:2024.10.21 Source: Clicks:30

 

ぴかぴかする夜

小川未明


都会とかいから、あまりとおはなれていないところに、一ぽんたかっていました。
あるなつがたのこと、そのは、おそろしさのために、ぶるぶるとぶるいをしていました。は、とおくのそらで、かみなりおとをきいたからです。
ちいさな時分じぶんから、は、かみなりおそろしいのをよくっていました。かぜをよけて、自分じぶんをかばってくれた、あのやさしいおじさんの大木たいぼくも、あるとしなつ晩方ばんがたのこと、もくらむばかりの、いなずまといっしょにちた、かみなりのために、もとのところまでかれてしまったのでした。そればかりでない、このひろ野原のはらのそこここに、どれほどおおくのが、かみなりのために、たれてれてしまったことでしょう。
「あまり、おおきく、たかくならないうちが、安心あんしんだ。」といわれていましたのを、は、おもました。
しかし、いま、このは、いつしか、たかおおきくなっていたのでした。それをどうすることもできませんでした。
は、それがために、かみなりをおそれていました。そして、いま、遠方えんぽうかみなりおとをきくと、ぶるいせずにはいられませんでした。
このとき、どこからともなく、湿しめっぽいかぜおくられてきたように、一のたかがんできて、のいただきにまりました。
わたしは、やまほうからけてきた。どうか、すこし、はねやすめさしておくれ。」と、たかはいいました。
しかし、は、ぶるいしていて、よくそれにこたえることができませんでした。
「そ、そんなことは、おやすいごようです。た、ただ、あなたのに、さわりがなければいいがとおもっています。」と、やっと、は、それだけのことをいうことができました。
「それは、どういうわけですか。なにを、そんなに、おまえさんは、おそれているのですか?」と、たかは、かっていました。は、かみなりのくるのをおそろしがっていると、たかにかって、これまでいたり、たりしたことを、子細しさい物語ものがたったのでありました。これをいて、たかはうなずきました。
「おまえさんのおそれるのも無理むりのないことです。かみなりは、こちらにくるかもしれません。いま、わたしは、あちらのやまのふもとをけてきたときに、ちょうど、そのちかくのむらうえあばれまわっていました。しかしそんなに心配しんぱいなさいますな。わたしが、かみなりを、こちらへ寄越よこさずに、ほかへいくようにいってあげます。」と、たかはいいました。
は、これをくと、安心あんしんいたしました。しかし、このとりのいうことを、はたして、かみなりがききいれるだろうかと不安ふあんおもいました。そのことをは、たかにたずねますと、
わたしは、やまにいれば、かみなりともだちとしてあそぶこともあるのですから、きくも、きかぬもありません。」と、たかは、うけあって、いいました。ちょうど、そのとき、まえよりは、いっそう、おおきくなって、かみなりおとが、とどろいたのでした。は、顔色かおいろうしなって、あおざめて、ふるえはじめたのです。たかは、そらにまきこった、黒雲くろくもがけて、たかく、たかく、がりました。そして、その姿すがたくもなかに、ぼっしてしまいました。たかは、黒雲くろくもなかけりながら、かみなりかって、さけびました。
きみは、あんな、さびしい、野原のはらなどをおびやかしたって、しかたがないだろう。それよりか、もっと、おびやかしがいのある、みやこほうへでもいったらどうだ。」と、たかは、いったのです。おそろしいかおをしているが、案外あんがいこころのやさしいかみなりは、ふといしゃがれたこえをだして、
「いったいぼくは、だれをも、おびやかしたくないんだが、ぼくが、散歩さんぽると、みんながこわがってしかたがない。なんというぼく不幸ふこうものだろう。野原のはらにいっても、いちばんたかのとがった、いただきへ、ちょっとあしめるばかりなんだ。どこへいったって、ぼく遠慮えんりょをしている。みやこほうに、あまりいかないのも、ぼく遠慮えんりょがちからなんだ。それで、いつもさびしい野原のはらほうへ、いくようなしだいなんだ。」と、こたえました。すると、たかは、そらに、もんどりをちながら、
「よく、きみこころなかは、わかっている。しかし、いつも、野原のはらほうへいくんでは、きみも、散歩さんぽのかいがないというもんだ。このごろ、都会とかいうつくしいぜ。ひとつ、今日きょうは、都会とかいほうへいってみたらいいだろう。」と、たかはいいました。
正直しょうじきで、しんじやすいかみなりは、たかのいうことにしたがいました。そして、かみなりは、方向ほうこうてんじて、みやこほうすすんでいきました。黒雲くろくもかみなりに、したがいました。そして、さながらまえぶれのようにつめたい、湿しめっぽいかぜは、野面のづらくかわりに、都会とかいうえおそったのです。
かみなりしたに、燈火ともしびのきらきらとついた都会とかいをながめました。そこからは、自分じぶんおとけないほどの、ゴウゴウなりとどろく、汽罐きかんのうなりおとや、車輪しゃりんのまわるおとや、いろいろの蒸気機関じょうききかん活動かつどうするひびきをききました。
このさまると、かみなりは、ここでは、遠慮えんりょをしなくてもいいだろう、というこりました。しかし、かみなりは、どこへでもちていいというような、乱暴らんぼうかんがえはもちませんでした。どこか、自分じぶんの、ちょっとあしをとめていいところはないかとさがしました。
正直しょうじきな、やさしいかみなりは、くろい、ふと一筋ひとすじ電線でんせんが、空中くうちゅうにあるのをつけました。そして、注意深ちゅういぶかく、そのせんうえりました。すると、いままで、威勢いせいよく、きらきらと燈火あかりかがやいて、荘厳そうごんえた都会とかいが、たちまちくらとなって、すべての機械きかいおとが、まってしまいました。
かみなりは、どうしたことかと、びっくりしてしまいました。このとき、野原のはらたか木立こだちは、星晴ほしばれのしたそらに、すがすがしく脊伸せのびをしたのであります。
――一九二四・七――